興田市民センターのあらまし
大東開発センターは農業及び生活の最新技術の普及伝達などを図る目的で昭和47年度に完成し、興田公民館の二枚看板のもとで興田の社会教育や生涯学習の拠点を担ってきました。
一関市地域協働推進計画により、平成27年度に市内公民館が市民センターに移行し、興田公民館も興田市民センターとしてスタートしました。また同年度に地域協働体である興田地区振興会が設立され、活動拠点として利用されています。
令和3年度に興田地区振興会による興田市民センターの指定管理が始まりました。
興田市民センターのあらまし
大東開発センターは農業及び生活の最新技術の普及伝達などを図る目的で昭和47年度に完成し、興田公民館の二枚看板のもとで興田の社会教育や生涯学習の拠点を担ってきました。
一関市地域協働推進計画により、平成27年度に市内公民館が市民センターに移行し、興田公民館も興田市民センターとしてスタートしました。また同年度に地域協働体である興田地区振興会が設立され、活動拠点として利用されています。
令和3年度に興田地区振興会による興田市民センターの指定管理が始まりました。